スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 ←今後もこのブログの更新情報をチェックしたい方はぜひRSS登録を!

[読書]絵でみる石油ビジネスのしくみ (絵でみるシリーズ)

ケロジェン根源説

  1. 生物堆積
  2. ケロジェン生成
  3. ガス、水、油に分離
  4. 岩からしみだす
  5. 上から、岩→ガス→油→水→岩=石油貯留層形成

 

石油の残りは琵琶湖15配分

楽観的な推定で、琵琶湖15配分の石油がまだ残っている。

ちなみにこれまで人類が使った石油量は琵琶湖5杯分。

 

代替エネルギー

現在、全世界で使用している原油の2%を代替するために必要な、代替エネルギー源。

 

風力だと、

3300kWクラス、1km^2当たり1基設置可能

=日本の国土面積の66%ほどの広さが必要

 

太陽電池だと、

6600km^2

=宮崎県位の広さが必要

 

絵でみる石油ビジネスのしくみ (絵でみるシリーズ)
絵でみる石油ビジネスのしくみ (絵でみるシリーズ)

 

目次

第1章 そもそも石油って何だ?
第2章 原油を生産している国―産油国ってどんな国?
第3章 巨大資本―石油メジャーとは何だ?
第4章 各国はどんな石油戦略を考えているのか?
第5章 原油はどうやって取引されるのか?
第6章 世界はどのように原油を消費しているのか?
第7章 日本の石油業界はどうなっているのか?
第8章 トレーダー、商社の役割は何か?
第9章 国内石油化学コンビナートとは何か?
第10章 日本の産業、消費者と原油との関係は?
第11章 これからのエネルギーとは?

スポンサーサイト

 ←今後もこのブログの更新情報をチェックしたい方はぜひRSS登録を!

石垣島宣言に見るサステナビリティ

2007年に材料科学者にとって、社会が持続可能な発展を続けるために重要なポイントを、この石垣島宣言 (2007.11.01 ISSEM2007) は指摘している。

材料はこれまで人類社会の発展に貢献してきました。しかし、その一方で大量生産・消費・廃棄を通じて環境負荷を増やしてきたことも指摘されています。
現在、人類活動の更なる発展を求めて材料への要求が一層高まってきています。そのために、材料に係わる資源リスクも急速に増大しようとしています。
そこで、材料を持続可能な社会の構築に役立てることを目指す私たちは、資源利用に関する以下の3原則の重要性を再確認します。

 

資源利用の3つの原則

  1. 資源を枯渇させない
  2. 環境リスクを増やさない
  3. 地域的世代的公正に配慮する

 

環境経済学者ハーマン・デイリーの持続可能な発展のための3原則で述べてあることを、根本的な立場から言及してあるのが、この資源利用の3つの原則である。現在、科学の最先端で扱われている材料は、総じて付加価値の高い材料であり、希少価値の高い物質である。(プリミティブな材料を駆使して、最先端の特性を再現しようとする研究も当然ながら行われているが)その中で、資源の枯渇という問題に常に直面しているのが、材料科学という分野だ。地球規模でみても、地球自体が持つ資源量が絶対的に少ないものであったり、存在はしているが、経済として採掘が成り立ちうる量がごくわずかであったり、採掘可能な地域が紛争地帯などの社会的に不安定な地域に偏在していたりと、資源の不足といっても様々な要因がある。したがって、「資源を枯渇させない」とひとことで言っても、そこには様々な角度からのアプローチが必要であるということを示唆している。

そして、あらためて材料科学という立場からどのようなアプローチをすべきかを以下で宣言している。

また私たちは、材料を利用し使用する全ての人々に、この原則に則った以下の4つの実践を呼びかけ、私たち自身も、これらを具現化する材料技術を開発していく決意を表明します。

 

資源利用の4つの実践

  1. 使わずにすむものは使わない(Reduce)
  2. 丁寧に使う(Reuse)
  3. 何度も使う(Recycle)
  4. ありふれたものを使う(Replace)

 

今でこそよくつかわれるフレーズであるが、材料技術の大きなベクトルがこの1~4までの集合から成り立つべきということを述べている。

材料を扱う立場からすれば、まだまださきの技術で、今はまだチャンピオンデータさえ目指せばよいと考えるのではなく、材料を扱う立場だからこそ、その希少性を世に訴え、自らの技術を通して自らのフィールドを拡大させる努力が必要なのではないかと思う。

 ←今後もこのブログの更新情報をチェックしたい方はぜひRSS登録を!

知識ある者の責任

朝日新聞の記事から。

asahi.com(朝日新聞社):研究費1千万円→市民講座を年1回 研究者に義務化?案 - サイエンス

国から1千万円の研究費をもらったら年1回、子どもや市民に自分の研究をわかりやすく説明する――来年度以降、研究者がこんな必要に迫られる可能性が出てきた。

政府の総合科学技術会議の調査会で2011年度から始まる科学技術基本計画の素案が示され、「1千万円以上の研究費を得た研究者には、小中学校や市民講座でのレクチャーなどの科学・技術コミュニケーション活動への貢献を求める」との文言が盛り込まれた。

発表する研究論文には、一般向けにもわかりやすい数百字程度の説明を添付することも求める。内閣府の津村啓介政務官(科学技術担当)は「これから研究費を交付する方にお願いすることを考えている」と話し、具体的な制度の検討に入ったことを明らかにした。

内閣府によると、英国では一部の研究費で1年に1回、一般向けに内容を説明することを求めている、という。3月に大阪で開かれた総合科学技術会議の地方開催で傍聴者から、こうした制度の導入の必要性が指摘され、検討するきっかけになった。

文部科学省の科学研究費補助金だけでも、年5万人の研究代表者に平均300万円支給され、データベースによると1千万円以上の支給が採択された研究が年間1万件前後あり、対象は相当数に上りそうだ。

昨年の事業仕分けで科学事業に厳しい判定が相次ぎ、科学界からは反発を招いた。津村政務官は「科学者と国民のコミュニケーション不足を痛感した」といい、「民主党の科学政策が見えないとの批判があるが、面白いアイデアはすぐに実行に移している」とアピールしている。

 

このことは研究者には研究をする能力以外の能力も求められるようになってくるということを意味しています。

それは、自分の専門知識を専門知識のない人に「伝える」という能力です。研究者としてはとても優秀であっても、このことが上手くできない人も多いのではと思います。

知識ある者は、常に理解されるように努力する責任がある。

 

専門知識を伝える意味とは

そもそも、このような制度が議論される以前の段階で、研究者は自分の研究を一般市民に説明する責任があると思います。それは上記のような直接対話のような形ではないにしても、専門分野をわかりやすくかみ砕いた形での情報発信は必要です。少なくとも税金をもらって研究をさせてもらっている以上は。

しかし、今までなぜこのような活動が広く行われなかったか?

 

いままでの考え方

・多忙のため時間がない
  -この時間があれば研究を進めたい

・ほかの研究者の目が気になる
-市民に媚びていると思われたくない

・誤解を恐れずに割り切って話すことを嫌う
-簡単に説明しすぎると自分の研究の格が低く見られそう

ということだと思います。

 

では、どう考えればよいか


最初の時間がないというのは、制度化してその時間も研究活動の一環という意識があればクリアできること。また、2番目の点にも関係してきますが、この一般市民に対するコミュニケーションを、むしろ偉大な研究をやっているというステータスになるような形に持っていくことができれば研究者としての成果にもなるし、一般の人も興味を持ってくれるのではと思います。
最後の3番目、専門知識を一般の人に伝えるためには、少なからず厳密性を犠牲にして、日常生活に寄り添った形にあてはめて説明する必要があります。しかし、そのような説明は本当に自分の研究を自分で理解している人ではないとできないということを認識する必要があります。自分の(狭い)専門領域を知識の全領域の中に正しく位置づける事ができる必要があります。それは、専門領域に壁をつくらず、自分の研究をオープンなものとしてとらえ、いつもほかの研究領域からの風通しを良くするということが研究の、学問の発展には大切であるということを認識する必要があります。

このような意識に基づく活動として徐々に幅を広げつつあるのが科学技術コミュニケーションであり、その大切さが徐々に認識されつつあるのはうれしいことです。

CoSTEP|北海道大学高等教育機能開発総合センター科学技術コミュニケーション教育研究部

 

今後、研究のアウトプットとしてこの科学技術コミュニケーションが重要な位置を占めるようになってほしいという期待と、その時のためにいま何ができるかを考えていきたいです。

 

人気ブログランキングへ

 ←今後もこのブログの更新情報をチェックしたい方はぜひRSS登録を!

研究者にとっての「失敗」とは

研究者にとっての「失敗」とは何か?

実験がうまくいかない、結果が出ない、など、成功よりも圧倒的に失敗が多いのが科学の常です。そこで「失敗とは何か」を考えるときに、「失敗をどうとらえるべきか」に焦点を当ててみたいと思います。

大事を成した人たちはそれぞれ「失敗」をどのようにとらえていたのでしょうか?失敗にまつわる言葉は数多く残されていますが、印象深いものをいくつか紹介します。

「私は実験において 失敗など一度たりともしていない。この方法ではうまく行かないということを発見してきたのだ。」

トーマス・エジソン

これはある意味エジソンだからこそ言える言葉なのかもしれませんが、内容は本質をとらえていると思います。

言葉には発しないまでも、このような精神はぜひ持っておきたいものです。

 

「失敗したところでやめてしまうから、失敗になる。成功するところまで続ければ、それは成功になる」

松下幸之助

経営の神様と呼ばれる松下幸之助の言葉です。

ビジネスだけではなく、科学者に向けた言葉としてとらえても重みがあります。

ただ、科学の場合は「成功するところ」がとても見えづらいため、ここのさじ加減が難しいところではありますが。

 

「間違いを犯したことのない人というのは、何も新しいことをしていない人のことだ。」

アインシュタイン

失敗を恐れて、わかりきった古いことを何度も繰り返すよりも、新しいことに挑戦して間違いを犯すほうが科学者として正しい生き方だということでしょうか。

 

こうして見ると、失敗には3つの要素があることがわかります。

  1. 行き止まりを知るための失敗
  2. 成功を導くための失敗
  3. 新しいことに挑戦する失敗

行き止まりを知り、何度も道に迷いながら成功への道を進むことが、新しいことに挑戦することそのものであり、

科学の面白さもそういったところにあるのではないでしょうか?

 

 

最後に6月に南アフリカでワールドカップを迎える日本代表の前監督イビチャ・オシムの言葉。

「いや、良いサッカーをしても、勝たなければ仕方がない」と反論する人は多いだろう。しかしそれは、良いサッカーをしてから言うものだ。良いサッカーをする前から言うべきではない。

オシムがまだ語っていないこと 

「サッカー」を「研究」に読み替えても、とても納得できる言葉だと思います。




人気ブログランキングへ

 ←今後もこのブログの更新情報をチェックしたい方はぜひRSS登録を!

科学で本物の仕事をしようと思うなら

科学で本物の仕事をしようと思うなら、自分が結果はこうなるべきだと思っていることに断じて左右されず、現れている事実をありのままにできるだけ注意深く述べることだ。また自分で理論を作り上げたのなら、その欠点と長所を公平に説明する努力をすべきなのだ。科学の分野にある人間は、そのような一種の正直さと高潔さと言ったものを学び取るのだ。


しかし科学以外の、たとえばビジネスの世界ではそうはいかない。僕らの目にする広告だって、ほとんど全部が明らかに消費者をたぶらかすように作られているものだ。消費者に読んでほしくないことは、虫眼鏡でも見えないくらいの小さな時で印刷してあるし、文だってわざととらえどころのない書き方がしてある。その製品が科学的に公平に説明されていないことぐらい誰でも一目見ればわかるものだ。つまり物を売る商売では、さっき言ったような高潔さなどというものは考えられない。

困ります、ファインマンさん (岩波現代文庫)

 

科学 ~ 正直さと高潔さ

  • 現れている事実をありのままにできるだけ注意深く述べる
  • 自分の理論の欠点と長所を公平に説明する

 ←今後もこのブログの更新情報をチェックしたい方はぜひRSS登録を!

自己紹介
知的生産における効率と非効率のスキマにあるたのしさを発信していきます。 日常を便利にするコツや、役立つ情報、ライフハックを中心に。 Evernote、 Toodledo、 Mendeley、 Google、 などのツールとどう付き合っていくかなど、その時の考え、興味の中心を書いていくブログです。
  • Twitter : @ichi_tas
  • Email : mspktr0@gmail.com
  • 最近の記事
    人気の記事
    Archived articles
    Categories
    タグ

    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。